ダンスも通訳も目指すは憑依状態

なにかを究めようとしたときにやるべきことや、目指すところやぶち当たる壁って、ピアノでもギターでも、ダンスでも歌でも、書道でも勉強でも、一緒なのではないかなと思います。実際、書道家の友人と話していると、友人は書道、私はベリーダンスとそれぞれ別の話題について話しているにもかかわらず、面白いほどいま直面している状況が重なっていることがよくあります。

私が熱中しているベリーダンスと語学もそう。なんだけど、通訳に関してはそろそろ10年超え、ベリーダンスはまだまだひよっこ。だから、通訳の私からベリーダンサーの私に向けて教えてあげられることが沢山あるなぁなんて思ったりします(笑)

最近思ったのは、通訳もベリーダンスも目指すは「憑依状態」なんじゃないかなということ。

きっかけは通訳のお客さんのひとりに、とてもとても理解できないという口調で「同時通訳しているときっていうのは、頭や口が一体どうなってるんですか?」と訊かれたことです。

私はこう答えました。

同時通訳がうまく行っているときは自分は筒みたいになっていて、ただただA言語が入ってきて自分からB言語が出て行きます。話者が自分に憑依している感じです。ただし、うまく行っているときは、です。

そう、うまく行かないときというのもやっぱりありまして、この人一体なに言ってるんだろう、とか考えた瞬間にもうダメです。話者から取り残されます。

反対に、わかる、わかるよ、私があなたが話している内容をまさに感じているよ、あなたの拡声器になるよ、という気持ちでできているときはとってもいい感じ。話者のスピードを喰い気味なぐらいで訳が出ます(笑)

(ちなみに逐次通訳ではまた別の状態で、めっちゃ頭のなかで論点を整理しながら聞いてないとできません。)

そんな話をしていて思い出したのが、私がベリーダンスを踊る姿を見て「憑依型ですね」と言われたこと。たしかにいい感じに踊れたときは、自分が音楽に憑依されてる気がします。だから終わってみてあまり覚えてない感じ。(いや、でもどうかな?フュージョン寄りの演目はそれでいいけど、エジプシャンはもっと地に足着いてたほうがいいのかも?でもでも、生演奏のオリエンタルはまた憑依状態と相性がいい気がします。)

ちなみにベリーダンスではそんな瞬間はまだまだ少なくて、通訳では頻繁に憑依状態になれるのは、前段の語学力で引っ掛からないからなんですよね。自分の基礎力に信頼があるというか。

だから、目指せ憑依状態。

そして、そのための基礎力磨き。

Tiltaの公演がある3月を目指して、たくさん高めていきたいこの頃です。

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